書籍紹介ー中澤系さん『中澤系歌集 uta0001.txt』

 

副腎白質ジストロフィー(ALD)によって夭折した、中澤系さんの歌集です。

もし短歌に対して、おじいちゃんが趣味でやるもの、みたいなイメージをもっている人がいたら、そのイメージをアップデートする為に最適な一冊。スタイリッシュで硬質。冷たい刃物のような現実を突きつける現代短歌。すごくかっこいいです。

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって
糖衣がけだった飲み込むべきだった口に含んでいたばっかりに
こんなにも人が好きだよ くらがりに針のようなる光は射して
いや死だよぼくたちの手に渡されたものはたしかに癒しではなく                                   ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ                                                                                                           システムに絡み取られた現代に生きる中での緊張感、格闘、一握りの希望を叫んだ作品。

書籍紹介ー𠮷田恭大さん「光と私語」

加藤治郎さんのconfusionのレイアウトでも話題になった、山本浩貴+hさんの装釘・レイアウトです。いぬのせなか座叢書からです。

短歌作品そのものでも話題ですが、レイアウト、デザイン表現の可能性にも一歩踏み込んだ作品。どんなテキストでも、デザインやレイアウトが読み手に与える影響はゼロには出来ない。また、短歌はかつては筆でグラフィカルにも扱われていた歴史もあるので、考えさせれる所が多くあります。

500部限定の特典ペーパーの連作(!)を重ねて読むと新たな作品が生まれるという試みも。

外国はここよりずっと遠いから友達の置いていく自転車

脚の長い鳥はだいたい鷺だから、これからもそうして暮らすから

大抵のものに切手が貼られるし、届くものだし忘れてもいい 「だいたい」とか、「ずっと遠い」とか、すごく脱力してしまうような大まかな言い回しや「忘れてもいい」のような投げっぱなしたような気持ち。それらが空けてしまった隙間に、ぎっしりと叙情や感傷が詰まっていて、果てしない味わいがあります。

余白の多い短歌だからこそ、隙間を、レイアウトの表現が拡張してくれています。

瀬戸夏子さん『現実のクリストファー・ロビン』

瀬戸夏子さんの、2009-2017、エッセイや日記、評論、小説や詩の作品をまとめた本です。

まとめて読むことで通低する世界観や感性を感じられる様に思います。骨太な評論を書かれるイメージもありますが、その中にも常に敏感な感性や現実的な感情をひしひしと感じます。

その立ち位置やタイトルのヒントが、あとがきに書いてあります。

「クリストファー・ロビンのその瞬間の至福ほど、現実のクリストファー・ロビンは幸福ではないということにわたしはながいあいだ至福を感じつつけてきてしまったし、それはこのさきも変わらないだろうということに罪悪感と絶望がないかといえば嘘になってしまう」

また、この本をまとめるにあたって、
「うんざりするほどひとつのことしか言っていないように思えた。それは、わたしは常にクリストファー・ロビンを愛するが、現実のクリストファー・ロビンを知りたいという欲望に打ち勝つことはできず、結局のところ、そのふたりのあわいにあるものについて永遠に語りつづけていたい、という欲望である。」

とあります。

クリストファー・ロビンは、ご存知、くまのプーさんに出てくる少年です。

くまのプーさんの作者、A・A・ミルンは、息子のクリストファー・ロビン・ミルンをモデルとして、作品に登場させました。作品は大ヒットしましたが、実際の人間のクリストファー・ロビンは、お話しのなかに出てくるクリストファー・ロビン像に、生涯苦しめられる事になります。

クリストファー・ロビンの暮らす世界は夢のようで、すごく美しい。でも、その人物が実在するとしたら…?思いを巡らさずにはいられない。実際の作者が常に見えかくれする、短歌や文学全般へも、同じような事が言えるのだと思います。

瀬戸夏子さんの絶え間ない探求心や、渇望とも言えるほどの熱意。クリストファー・ロビンを追いかけ続ける姿、その躍動を見ることの出来る一冊です。

書籍紹介―多層のイメージの中の生々しさ 山田耕司さん「不純」

現代アーティスト山口晃さんのスタイリッシュな表紙が目を引きます。

 

目次をみても、

 

ボタンA

身から出たサービス

目隠しは本当に要らないんだな

 

など、トリッキーな印象です。

 

 

挿す肉をゆびと思はば夏蜜柑

肩に乗るだれかの顎や豊の秋

いきんでも羽根は出ぬなり潮干狩

 

もちろん、ただの面白さだけではなくて、生々しい印象が強く残ります。

 

 

いろいろの死んで秋なり白湯に色

名月や背をなぞりゆく人の鼻

糖分は足らぬが初蝶なればまあ

 

 

白湯、名月、初蝶。オーセンティックなワードチョイスと組み合わせる生々しさ。「いろいろの」などど命を雑にまとめてしまうラフさと、白湯に色を見てしまう繊細な描写。

今を生きる、すごくリアルな感触と、伝統的なイメージやビジョンの中をひょこひょこと散歩するような楽しさを感じます。

 

おっぱいに左右がありて次は赤坂

文鳥や用もなく見る野菜室

暗きよりセロリの出たり乳母車

 

用もなく見る野菜室。セロリ、という妙に生々しい感触。

 

 

春それは麦わらを挿す穴ではない

向日葵よ目隠しは本当に要らないんだな

水澄めり君なら月見うどんだらう

 

 

麦わらを挿す穴、向日葵の目隠しなど、抽象的で説明がなされない分、すごくゆるい印象で、等身大のリアリティのようなものを感じます。

何でもない時に、君は月見うどんを頼むだろう・・・と、想像できてしまう人が、身近に何人いるでしょうか。

 

奇をてらったようで、変な組み合わせの様で、実は核心を突いてしまうような何層にも感じ方の広がる魅力的な句集です。