ほうきについて

以下、株式会社まちづくり山上(中津箒)のHPより

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弊社、株式会社まちづくり山上(やまじょう)の箒は、明治時代より作られていたものを発展させました。
原料であるホウキモロコシを全て一貫した無農薬の自社生産をし、
製造を職人の手作りで行っている事で、柔らかくコシがあり、
耐久性のある箒を生産しております。
穂先を殆ど切らず、丁寧に揃えて柔らかく編込む為、畳だけでなくフローリングなどの掃く対象を傷つけず、細部まで届き、折れにくく大変長持ちする箒をお届けする事が出来ます。

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・精度の高い箒
海外の箒も、素材的には同じもの(品種など、細かく言えば違うはず)だけれど、日本の箒は穂先が繊細で密度が高い。理由は、日本人は畳を敷いていてその上を裸足で歩くからだと思われます。特に安い海外製の箒は暑い地域で育てられ、太く育っていて、硬く折れやすい穂先になっています。反対に、良質な国産の箒は畳を傷つけず、細やかに掃除をするために柔らかく密度が高く、しなやかな穂先に仕上げます。

・吉田慎司の箒
中津箒再興のきっかけになったのは、かつての京都支店にいた、柳川芳弘の箒です。柳川芳弘(以下・芳弘さん)は、若い頃に箒産業の衰退と共に転職しましたが腕がよく、創作的で、その後30年以上、残った材料を大切に使い技術を高め、開発を続けていました。特に、京都という風土の影響もあってか、かつての荒物というよりは、鑑賞品にも劣らない工芸的な価値の高い箒を作り上げます。そもそも質の高い箒を更に精度を高め、小型化、多く応用できる技術を開発、会得する事に至ります。

一方、吉田慎司は柳川芳弘に手ほどきを受けながらも、学生の頃から民俗学や土地の風土に根付いた道具、民衆的な工芸にも影響を受けています。
工芸的で、美しく、人々の心に届く佇まいを持ちながらも、かつての暮らしにあった、堅牢で素朴な道具としての強さ、両面を携えた箒を目指して、日々工夫を重ねています。

・箒の美しさ
美術、工芸というと、日本では鑑賞されるもの。道具とは一線を画した、使われないものという印象を持つ方も多いようですが、明治以前の日本では、茶室などにあるように、使われるものと工芸・美術は一連のものでした。払う、清める、整える、ものや暮らしを慈しみ、愛するための道具。造形的な魅力を超えて、営みや物や自然への視線。世界や人の在り方を含めて提案し、考え方

を促すための、広い意味での美しさを備えた道具と言えます。

・こだわり

本来の箒が持っていた穂先の柔らかさ、軽さ。草を十種類以上に、選別し、適材適所、1つとして同じもののない草の状態を組み合わせて、1つの箒に仕上げていきます。

芳弘さんを始め、どれだけ腕や品質がよくとも、時代と共に廃れてしまう文化もあります。その美しさ、本来の魅力が届くよう、色、サイズ、構造を、かつての機能性を保ったまま改良し、現代の生活へ接続します。糸は、全て自らの手による天然染料染めです。

どこまでもまっすぐなー樋口智子さん『幾つかは星』

札幌の、樋口智子さんの第二歌集。

子ども達と過ごした、10年ほどの時間が詰め込まれています。

口語で、率直で、真っ直ぐな歌。

非現実的な例えや衒いもなく、説明不要に、ただ読んで欲しい。そんな歌集だと思います。

たくさんのレンズ降る降る雨の目は私の顔を映しては散る

少しだけ声低くなりわたしたち二度と戻れぬ旅なのだろう

全身を響かせて泣く腕の中いまだ楽器であるかのように

こどもらの声が溶け合う公園の空はいつでも空色をして

真っすぐな言葉、というのは、すごく難しいと思う。言葉を紡いだ時点で、必ず雰囲気や姿勢をまとってしまうし、重たさ、軽さ、スタイルを打ち出したいのが、人の心情じゃないかと思う。

そのままである様でいて、そういう意味ではすごく自制的にも見える。子どもの成長と共に、大切なことを強く、強く噛みしめているように思う。そんな事がじわじわと感じられてくると、なんでもない事が、すごく美しくみえる。暗い日があったとしても、透明感のある歌達です。

眠るまでとんとんしてやる手のひらに冬の太陽あつめあつめて

泣かないで耳の奥まで追わないで腕をおろしてしまいそうだよ

パンくずを残してわれのヘンゼルとグレーテル もう、帰っておいで

跳びはねて水面をたたく子の手から散るきらきらの幾つかは星

追いかけて声はどうにか届けども光の速さに呼びかけるよう

人に大切に向き合うと、1人では届かない、少し違う世界に届いてしまう事がある。子ども達が、人の世界を越えた神秘的な世界に行ってしまうこともあるし、そこに気持ちを注ぐ自らも、その領域に触れてしまう事もある。それは例えでもフィクションでもなくて、歌にされた時、本当の事なのだと思う。

シミー書房さんのイラストもかわいい。

シンプルで、大切にしたい1冊。

次回歌会のお知らせ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌会では、作った短歌を持ち寄り、鑑賞し合ったり、面白さを語り合います。
新たな歌の面白さや、新鮮な読み方など、より短歌を楽しみ、上達させる機会になればと思います。
初心者、見学も大歓迎です!

 

申し込みはこちら、またはメールなどでお問い合わせください。
https://forms.gle/kWsupGu9nCc7atHd6 https://forms.gle/Gs5oUNhz5FCit6AC9

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日程:2020/3/22(日)
時間 14:00〜17:00(予定)
参加費500円(簡単なお菓子・飲物つき)
テーマ題:「空港」テーマに沿っていれば詠み込まなくても可。
または自由詠。
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歌会の楽しさを知ってもらう機会になれば、嬉しいです。
人数によって、懇親会もある予定です。

皆様のご参加、お待ちしております~!!

先日の歌会

ご参加戴いた皆さま、ありがとうございました!

初参加、見学の方も多く、フレッシュな会となりました。高校生、小学生まで…!(若い…)

最多票は、辻廣花蓮さん

ソーダバー半分こしたよね君の電話番号は知らないけれど

でした。ソーダバー、電話番号など、背景や思い出だけで盛り上がるパワーワード。単語自体もノスタルジックでありながら、「けれど」の前を回想する構造も効果的なレイヤーだったように思います。ネット社会の現代、電話番号を知る、という価値がさらに高まっている、という話もありました。

次回は2月頃?開催予定!

次回のお題はテーマ詠「空港」です!

皆さまのご参加お待ちしております~!

書籍紹介ー多様さと悦び『架空線』

架空線、とは、電柱などの間に渡してある線の事。ただ、内容から考えて、空中に架ける。ではなくフィクションの意味の架空でもある事が推測出来る。〜線という言葉には、相対性理論において世界線(四次元空間でのある質点の移動の軌跡・アニメなどではパラレルワールドの時間の事などつ使われたりもしている)、放射線、宇宙線など、色々とあって、なかなか像を結ばせない、手強いタイトルだと思う。

実際歌集を読んで見ても、歌の魅力に引き込まれつつも、何とも像を結ばせない絶妙なバランスを保ちながら連作が展開されていく。

「川と橋」では

「二月一日。新三崎防災船着場から舟に乗り込み、日本橋川を下る。」

という具体的な詞書から

同じ冬に乗り合はせつつわたしたちてんで勝手に川をみたがる

などの浮き足立った光景を描きつつ、

「みな出て橋をいただく霜路哉 芭蕉」

という詞書に、

笠の人びつしり載せて揺れゐたり江戸時代とふ長い長い橋

など、空想から、歴史を俯瞰している歌などが川下りの描写から展開される。

「二〇一一年、聖橋のライトアップが中止されたときは心細かつた。灯れば良いというふものではないが、」

夜の淵にへばりつくとき脚のある亡霊だつた橋もわたしも

など、実景と、歴史と、個人史が並列して川下りの思考を追体験させるような、トリッキーな構造であるように思う。

「脱ぐと皮ー爬虫類カフェ訪問前後」

より

心かつ踵かつかつハイヒール履けばこの世はいよいよ硬し

この床は亀がゆくから滑り止め施してある ゆきなさい亀

など、のユーモラスさも魅力。

アルファベット順の単語(astronomy,element,fairyなど)を詞書につくられた連作「コレクション」。

「南極点へ」という、具体的な座標と共に南極点を目指す連作(恐らく体験談ではないと思うのだけれど)

「声ー『予告された殺人の記録』より」

は、(おそらく架空の)殺人事件の周囲の人々の証言をまとめた連作。

など、仕掛けの多様性にも、かなり目を見張るものがあってページをめくるごとに、今度はどう来るのか…?という愉しみがある。

「朗らか」など、何気ない日常を明るく描写した作品もある。作品の構造にはかなりのバリエーションがあるけれど、何故か欲を感じないように思う。

ユーモラスさを折り込めばどこかにドヤ顔が見えたり、トリッキーなものであればかっこつけた顔が見えたり、美しい作風にだって多くは自己愛が見えたりするものだけれど、全然そういういやらしさを感じる事がない。

文語、細やかな描写、複雑な手口、ユーモア。色々な球を投げてきて、作品のアウトラインを固定させない所があって、どこを向いているんだろう。とも思う。結局、読んでめちゃくちゃに翻弄されて、正に架空線のように空中に投げ出された時、手元に残ったのは歌の純粋さ、だと思った。様々な文脈を解体して、様々な方法の中で見つけ出せる共通点は、とにかく短歌の可能性を飽くことなく掘り続けていること。(おそらく)それ自体を、可能性に満ちた短歌がある事をすごく楽しんでいること。その探検を、読者に共有してくれている。という感想を持ちました。

活版、展示会、朗読、アウトプットも様々に展開する歌人ならでは、多様さ故に、見える圧倒的な一貫性も感じる作品だと思います。貴重な展示会も併せて、是非是非ご覧戴きたいです。(よ)