佐藤文香さん『菊は雪』ーすぐそばにあって大きくて

佐藤文香さんの新刊『菊は雪』
制作過程の日々を綴った、半年近い記録『菊雪日記』も収録。

上品で奥行きある装丁、箔押しでサイズも少し大きく、高級感もありながら、モダンで親しみやすさもあります。

香水瓶の菊は雪岱菊の頃

『菊雪日記』に少し解説が載っているのですが、雪岱は、日本画家の小村雪岱の事。
香水瓶に描かれた菊の模様に雪岱の世界を重ね合わせる。かわいらしいような、グっとくる仕草でもあるし、菊、雪、と入っているけれど、実際の季語は菊の頃だけ。というかなり挑戦的な構造。
瓶という身近で小さなスケールから、絵の世界、季節と、大きく飛躍してしまう鮮やかさ。大らかさと展開に惚れ惚れします。

練乳の糸引く指の祭りかな

日記を載せてくれているだけあって、季語や文語の重たさや厚みによりかかり過ぎず。すごく近くの親しみある出来事が描写されているのに、大きく飛躍し、世界が広がります。指先についた練乳に、祭りがある。あちゃーという感じもあるし、少しわくわくした感じもあって、初めて聞く繋がりなのに、すごく納得してしまう。

言へばいいことの氷つてゆくことの

身近に季節、大きなスケールもあり、繊細な心理描写にも息を飲む。言えばいいのに、口に出せない。少しぎこちなくなって、すうっと目の前が暗くなっていくような感触が、氷っていくようでシンプルに、生々しく感じられます。

前髪が巻いてきいろいゆふやけよ

夕方になって、前髪がくるんとしてくる。見ている前髪に夕焼けが透ける。色味がリンクもするし、「巻いて」という自然な現象に、時間や湿度、自然との繋がりや、大きな景色がひとつなぎになる。

マルセイバターサンド常緑樹の林

マルセイバターサンドは、北海道で人気のお菓子。常緑樹も、北海道の大きな自然や土地を感じさせます。バターサンドと林、単純に二つを並べるというこの上ないミニマルかつ大胆な構造。定型に、マルセイバターサンドという長い名詞を入れてしまう力技、構成の豪快さに、どこか北海道らしさも感じてしまいます。

スケールの大きさや飛躍、転換、そして身近さや生々しさや感傷、俳句の持つ力や世界を縦横無尽に、爽快なまでに発揮する句集。圧巻です!