【書籍紹介】ささやかな光-木下こう さん『体温と雨』

一度絶版したものの、愛を持って、私家版として再販された、木下こうさんの歌集です。

月光は踏むとしずかな音をたてひかりはじめるふしぎなひかり

てのひらに掬へば零れゆくばかり水もま水のやうなる日々も

手と手には体温と雨 往来にさみしくひかるいくつかの傘

ささやかで、清らかな光、水などのモチーフと、しっとりとした質感が、文語やひらがなの柔らかさと呼応します。

小さな音、小さな光、わずかな変化を、慈しみを持って拾いあげる。薄暗い中で、一筋の希望を見つけ出すような感動があります。

春泥をあなたが踏むとあなたから遠くの水があふれだします

ママ、ママとまちがへながら吾に来し子は春に降る雨の目をして

ひるひなか、からつぽなだけのわたくしにくいひるやうに白梅咲けり

いやだいやだ錠をかけても夜がくる 月が笑へりそのわらひやう

幻視や、空想に見える描写もあるけれど、肌に触れるような生々しさもあって、何かに例えるという論理より、まず先に描かれた情景の柔らかさや、神秘性に心を動かされます。

たくさんのがらくたたちがひかりだしそのはしつこが夜明けのやうで

不安や悲しみを感じるような情景も、何かを否定する。というよりは、森羅万象の日陰の部分に触れただけ、というような大きなスケールを感じました。

雑多ながらくたにも、光を見出す、静かで、愛情に溢れた一冊。(よ)

語るまでもなく素敵な句集-八上桐子さん『hibi』

ひんやりとはじまるものを春と呼ぶ

鳥は目を瞑って空を閉じました

無言でもいい人といる埋立地

『hibi』は本当に、どのページを開いても、ため息がでてしまうような川柳に満ちていて…ただ、読んでください。という事に尽きるのですが、それでは紹介の記事にならないので、無粋ながら感想を述べていきたいと思います。

hibi と言うと、日々、や、割れのヒビ、などがありますが、単語のセレクト自体は極めて日常的です。文学的な単語よりは、口語、普段の言葉で語られている様に思います。

握りたくなる新品の鉄パイプ

さみしいのかわりにセロファンとつぶやく

でたらめな呪文でひらく十二月

575に言葉をはめられていると、どうしても、多くの意味を含んでしまったり、重みのある気配をまとったり、知っている句のイメージと繋がってしまう事が多いのだけれど、八上さんの句はどこをとっても軽やかで、疲れさせない。意味や背景ではなく言葉そのもの、描かれた情景そのものに魅力が集約されている気がします。

鉄パイプは鉄パイプ以上でも以下でもないと思うし、呟いた言葉も、何かの例えでも、仕掛けでもなくて、言葉が言葉として放たれたように感じます。文学のチャンネルを通さずとも、その言葉の意味や美しさがそのまま心に、入ってきてくれて、普段の言葉と浸透圧が全く変わらないのでは。生理食塩水よりも、身体に親しい水を注がれている気になります。

こうすれば銀の楽器になる蛇口

おひとりさまですかと闇に通される

そこで結ばれる像はいつも明るくて、風通しがよくて、それでも、深い奥行きがある。すごく何気なく紡がれたようでいて、ここまで徹底して透明な言葉というのは、本当に1つ1つ慎重にノイズや避けたいものを取り除きながら、踏みしめながら、積み重ねられた言葉なのだと思います。

ただ痛いだけの痛みでしょう 波は

えんぴつを離す 舟がきましたね

呼べばしばらく水に浮かんでいる名前

定型がある、という事は定型は座りがよくて、字余りや字足らずは少し不安な印象や、型破りな印象を与えたりすると思うのですが、この句集ではそれすらもすごく穏やかで、余白にも豊かで密度のある時間が流れている事に驚きます。えんぴつを離す の後の空白に、舟がたどり着くまでの少しの沈黙と、舟のゆったりとした速度や湿度まで伝わってくるようです。

ヒヤシンスじゃあどうすればよかったの

おとうとはとうとう夜の大きさに

濡れている石に痛みのあるように

争いのような一コマ、不思議なように見える描写もあるけれど、やはり同じ温度の静けさと、繊細さと、同質の時間が流れて、密度で満たされている。発見、視点、意志など、作為的な世界を越えた大きな世界の中に漂うような。いつまでも、読んでいたくなるような一冊です。(よ)

書籍紹介ー中澤系さん『中澤系歌集 uta0001.txt』

 

副腎白質ジストロフィー(ALD)によって夭折した、中澤系さんの歌集です。

もし短歌に対して、おじいちゃんが趣味でやるもの、みたいなイメージをもっている人がいたら、そのイメージをアップデートする為に最適な一冊。スタイリッシュで硬質。冷たい刃物のような現実を突きつける現代短歌。すごくかっこいいです。

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって
糖衣がけだった飲み込むべきだった口に含んでいたばっかりに
こんなにも人が好きだよ くらがりに針のようなる光は射して
いや死だよぼくたちの手に渡されたものはたしかに癒しではなく                                   ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ                                                                                                           システムに絡み取られた現代に生きる中での緊張感、格闘、一握りの希望を叫んだ作品。

書籍紹介ー𠮷田恭大さん「光と私語」

加藤治郎さんのconfusionのレイアウトでも話題になった、山本浩貴+hさんの装釘・レイアウトです。いぬのせなか座叢書からです。

短歌作品そのものでも話題ですが、レイアウト、デザイン表現の可能性にも一歩踏み込んだ作品。どんなテキストでも、デザインやレイアウトが読み手に与える影響はゼロには出来ない。また、短歌はかつては筆でグラフィカルにも扱われていた歴史もあるので、考えさせれる所が多くあります。

500部限定の特典ペーパーの連作(!)を重ねて読むと新たな作品が生まれるという試みも。

外国はここよりずっと遠いから友達の置いていく自転車

脚の長い鳥はだいたい鷺だから、これからもそうして暮らすから

大抵のものに切手が貼られるし、届くものだし忘れてもいい 「だいたい」とか、「ずっと遠い」とか、すごく脱力してしまうような大まかな言い回しや「忘れてもいい」のような投げっぱなしたような気持ち。それらが空けてしまった隙間に、ぎっしりと叙情や感傷が詰まっていて、果てしない味わいがあります。

余白の多い短歌だからこそ、隙間を、レイアウトの表現が拡張してくれています。

瀬戸夏子さん『現実のクリストファー・ロビン』

瀬戸夏子さんの、2009-2017、エッセイや日記、評論、小説や詩の作品をまとめた本です。

まとめて読むことで通低する世界観や感性を感じられる様に思います。骨太な評論を書かれるイメージもありますが、その中にも常に敏感な感性や現実的な感情をひしひしと感じます。

その立ち位置やタイトルのヒントが、あとがきに書いてあります。

「クリストファー・ロビンのその瞬間の至福ほど、現実のクリストファー・ロビンは幸福ではないということにわたしはながいあいだ至福を感じつつけてきてしまったし、それはこのさきも変わらないだろうということに罪悪感と絶望がないかといえば嘘になってしまう」

また、この本をまとめるにあたって、
「うんざりするほどひとつのことしか言っていないように思えた。それは、わたしは常にクリストファー・ロビンを愛するが、現実のクリストファー・ロビンを知りたいという欲望に打ち勝つことはできず、結局のところ、そのふたりのあわいにあるものについて永遠に語りつづけていたい、という欲望である。」

とあります。

クリストファー・ロビンは、ご存知、くまのプーさんに出てくる少年です。

くまのプーさんの作者、A・A・ミルンは、息子のクリストファー・ロビン・ミルンをモデルとして、作品に登場させました。作品は大ヒットしましたが、実際の人間のクリストファー・ロビンは、お話しのなかに出てくるクリストファー・ロビン像に、生涯苦しめられる事になります。

クリストファー・ロビンの暮らす世界は夢のようで、すごく美しい。でも、その人物が実在するとしたら…?思いを巡らさずにはいられない。実際の作者が常に見えかくれする、短歌や文学全般へも、同じような事が言えるのだと思います。

瀬戸夏子さんの絶え間ない探求心や、渇望とも言えるほどの熱意。クリストファー・ロビンを追いかけ続ける姿、その躍動を見ることの出来る一冊です。