書籍紹介ー多様さと悦び『架空線』

架空線、とは、電柱などの間に渡してある線の事。ただ、内容から考えて、空中に架ける。ではなくフィクションの意味の架空でもある事が推測出来る。〜線という言葉には、相対性理論において世界線(四次元空間でのある質点の移動の軌跡・アニメなどではパラレルワールドの時間の事などつ使われたりもしている)、放射線、宇宙線など、色々とあって、なかなか像を結ばせない、手強いタイトルだと思う。

実際歌集を読んで見ても、歌の魅力に引き込まれつつも、何とも像を結ばせない絶妙なバランスを保ちながら連作が展開されていく。

「川と橋」では

「二月一日。新三崎防災船着場から舟に乗り込み、日本橋川を下る。」

という具体的な詞書から

同じ冬に乗り合はせつつわたしたちてんで勝手に川をみたがる

などの浮き足立った光景を描きつつ、

「みな出て橋をいただく霜路哉 芭蕉」

という詞書に、

笠の人びつしり載せて揺れゐたり江戸時代とふ長い長い橋

など、空想から、歴史を俯瞰している歌などが川下りの描写から展開される。

「二〇一一年、聖橋のライトアップが中止されたときは心細かつた。灯れば良いというふものではないが、」

夜の淵にへばりつくとき脚のある亡霊だつた橋もわたしも

など、実景と、歴史と、個人史が並列して川下りの思考を追体験させるような、トリッキーな構造であるように思う。

「脱ぐと皮ー爬虫類カフェ訪問前後」

より

心かつ踵かつかつハイヒール履けばこの世はいよいよ硬し

この床は亀がゆくから滑り止め施してある ゆきなさい亀

など、のユーモラスさも魅力。

アルファベット順の単語(astronomy,element,fairyなど)を詞書につくられた連作「コレクション」。

「南極点へ」という、具体的な座標と共に南極点を目指す連作(恐らく体験談ではないと思うのだけれど)

「声ー『予告された殺人の記録』より」

は、(おそらく架空の)殺人事件の周囲の人々の証言をまとめた連作。

など、仕掛けの多様性にも、かなり目を見張るものがあってページをめくるごとに、今度はどう来るのか…?という愉しみがある。

「朗らか」など、何気ない日常を明るく描写した作品もある。作品の構造にはかなりのバリエーションがあるけれど、何故か欲を感じないように思う。

ユーモラスさを折り込めばどこかにドヤ顔が見えたり、トリッキーなものであればかっこつけた顔が見えたり、美しい作風にだって多くは自己愛が見えたりするものだけれど、全然そういういやらしさを感じる事がない。

文語、細やかな描写、複雑な手口、ユーモア。色々な球を投げてきて、作品のアウトラインを固定させない所があって、どこを向いているんだろう。とも思う。結局、読んでめちゃくちゃに翻弄されて、正に架空線のように空中に投げ出された時、手元に残ったのは歌の純粋さ、だと思った。様々な文脈を解体して、様々な方法の中で見つけ出せる共通点は、とにかく短歌の可能性を飽くことなく掘り続けていること。(おそらく)それ自体を、可能性に満ちた短歌がある事をすごく楽しんでいること。その探検を、読者に共有してくれている。という感想を持ちました。

活版、展示会、朗読、アウトプットも様々に展開する歌人ならでは、多様さ故に、見える圧倒的な一貫性も感じる作品だと思います。貴重な展示会も併せて、是非是非ご覧戴きたいです。(よ)