文語の、美しい文体や、繊細な喩が、田口さんの特徴かと思います。
短歌研究新人賞受賞作「冬の火」では
あのひとの思想のようなさびしさで月の光がティンパニに降る
角砂糖ゆるゆるほどけていく春の夕焼け小焼けでもうわからない
など口語でセンチメンタル、繊細で儚い印象です。月の光、夕焼けなどの描写に歌の大半を使い、月の光、ティンパニ、ゆるゆる溶ける角砂糖、など、柔らかなモチーフが調和を持って並んでいます。
胃の底に石鹸ひとつ落ちてゐて溶け終はるまでを記憶と呼べり
あいまいに呼気ふこみて紙風船、まるき虚空を打ち上げたれど
など、記憶、紙風船など、一つのものの描写に巧みな喩、繊細なイメージを奥深く籠める美しさがあります。
おもしろいなー!と思ったのは、その描写力と観察力が、過剰に働いている所です。
炊飯器 抱くにちやうど良きかたち、あたたかさとて米を炊きたり
フタバスズキリュウとふ文字を追ふときに視界の中を横切るキュウリ
など、炊飯器、フタバスズキリュウの空見、などが、何故ここまで叙情的になるのか…!マジカル!
“納得の牛丼”といふレトルトのいづこに納得すべきわれらか
関心は未練に変はる二年間で一度も購はざりし厚揚げ
昼休みには目を閉ぢ思ふわが部屋の冷凍庫なるハーゲンダッツ
レトルト、いまいちだなぁ〜。厚揚げ、二年間買わなかったな…。ハーゲンダッツ食いてぇー。など、この上なく日常的な話題を、この文体で語るユーモア!すごく共感してしまいます。
ぐでたまとひとはよぶなりうつぶせにだるさのままに寝そべりをれば
など、もの凄くオフビートな事になっていたりします。ここまで現代的、軽い話題でも、文語にはこだわる。ここは、短歌の歴史への愛情なのかなぁ。と思いました。重たくて重厚な近代短歌のイメージ、背景を軽々と遊んでしまうのは、俳諧のような心意気も感じます。
美しく、ユーモラスで、クラシカルさや、現在的な共感も多く…!すごく多面的で個性のある歌集です!
表紙の「ぐ」が少し変形している辺りにも、潜ませたユーモアがのぞいている気がします。
(よ)